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忘れてはいけないこと [社会]

麻生副総理の「ナチスの手口に学べ」発言を知り、新聞が届かない場所にいたので、わざわざ8月1日の新聞を買いに行った。信濃毎日新聞だったが「斜面」には書いてあったけれどニュースとしては出ていない。
31日の毎日新聞には出ていなかった。では翌日だろうかと思ったが買い忘れた。
気になって、テレビでNHKのニュースをずっと追っていたが、何にも報道していない。民放では大きく取り上げていたけれど。1日の夜になってNHKでもやっとニュース報道されていた。メディアは報道を控えたのだろうか?

確かに聞いて困ってしまうような発言だ。
誰かが非常にまずい発言をしたとき、聞いた人は腹を立てるし、「それは問題発言である」と批判する。ところが、非常に非常にまずい発言(口にするのもはばかれるような発言)に出会うと、かえって言葉が出てこない。
誰から見ても非常識だとわかる問題については身内が責任を取らせるのが一番だ。(それとも身内はみな同じ姿勢?)身内がそしらぬ顔をしていたら、まわりが批判追求しなければならなくなり、それは大きな時間の浪費だ。
批判し合うことで何かが生まれてくるような場合なら、批判も役目を持っていると言えるが、「ナチスに学べ」では、どうにもならない・・。


民主党政権のとき、福島を「死の街だ」と言って辞めさせらた大臣がいた。悲惨な状況を伝えるのに「死の街だ」という表現はもっともわかりやすいと思うが、福島の人々を傷つけたという見方をされたのだろう。
「死の街だ」という言葉は福島を傷つけるのだろうか?と思う。
真実をオブラートでつつんで受け止めやすくしていたら、本当の復興はいつまでも進まないにちがいない。真実を述べるのに住民への配慮に欠けていた(と思われた)発言と、今回のような悪質発言と、どちらがひどいのか?


何かあまりにも大変な事が起きると、なんとなく批判を手控える力が働くような気がする。悪いとわかっているものをわざわざ「悪い」と批判すると、批判する方が攻撃されることがある。(正義をふりかざす人間はなぜか嫌われることが多い。)

福島原発事故が発生したとき、こんなときに原発を批判するのは・・というような雰囲気があったように記憶している。まだ批判のときではない、ある程度事故が収束してからだ、という考え方もあっただろう。
実際に、切羽詰まった状況の中にいて、「やはりそれは間違っていた」という主張を持ち出すのは時期として不適当かもしれない。何といってもその事故への対処が緊急になる。
かといって、何も言わずに見守っている、というのも間違っていると思う。
物事は刻々と変化していくし、人の考えが変化の方向を誘導していくのだから。
誰もが礼儀正しく(?)客観的な立場に立とうとして、何も言わなかったら、とんでもないことになるのではないか。

もし、近い将来に第二の福島事故が起きてしまったら、人はどうすべきなのだろうか。「やはり原発は永久排除すべきだった。すぐにそうしよう」ということは、しばらく言わないでいるのだろうか。
「いつまでも嘆いても仕方がない、過去は忘れて、前向きに進もう」という考え方がある。そういう考えのもと「原発事故は不運だった、これからはもっと安全に原発事業を進めよう」という風に原発は受け入れられていく。
いつまでも嘆くことは良くないのだろうか?
私には、ちゃんと嘆かないから、同じようなことが繰り返されるのだと思える。

戦争のことも、まだ嘆き足りなかったのか、という気がするほどだ。
今現在、「紛争が起きたら武力解決もやむを得ない」と思っている人達は、戦争というのが一日や二日で終わるものではなく、何年もあるいは何十年も生き地獄のような生活が続くことになるかもしれないということを考えていないのではないか。

そういう苦しみに思いをよせられない政治家が多い。麻生副総理の「ナチス発言」をテレビで見たら、そのときの聴衆がみな笑っていてぎょっとした。
あの発言をジョークとしてとらえる下地があればこその発言だろう。
あの演説は支離滅裂な感じがあるが、ナチスの手口を学んだらどうか、という一言は「そういう意味」しかない。

ところで、発言というのはいつから簡単に撤回できるようになったのだろう。
発言は撤回はできないのだ。命令は撤回することはある。その命令に不服従を示す人が多ければそういうことはある。また、勘違いや誤解を正す、ということもある。
しかし、その人が普段から思って口にした言葉を撤回はできない。
政治家が公の場でした発言が、謝罪だけではすまないのは、国を代表する立場にあるからだ。国を代表しているからこそ政治に関わることもできる。
代表者としてふさわしくない政治家は、辞めてもらうしかないのである。
静かに、これ以上「日本の名誉」(あえてこう表現するが)を汚さないように退場してもらいたい。


原爆症認定について、政府が積極的に認定を進める方針を表明する方向で調整している、とのニュースがあった。
爆心地から3.5キロ以内での被爆者や原爆投下から100時間以内に2キロ以内に入った入市被爆者のうち、がんや白血病になった場合は全員救済、入市被爆者について甲状腺機能低下症などの疾病も積極的に認定、など。
当たり前のことばかり。それなのにすでに戦後68年にもなってやっとである。
「苦しみは一生続く」という原爆被災者の言葉は、遠い昔の話ではなく、現実そのものなのである。
 
戦争が終わって68年も経つのに、今でも戦争の被害から救われずに置き去りにされている人々がいる、戦争とはそれほど酷い影響を人間社会に及ぼすものだ、ということを忘れてはならないと思う。
それを忘れるから、また新たな過ちを簡単に犯すようになる。
「ナチスの手口の学べ」など、血迷ったことを軽々しく言い放ち、それを回りで聞いた政治家たちが笑っている、などということが起きる。

どんなに悲惨な出来事でも、当事者でないかぎり、長い時間がたてばたつほど、忘れていくから、よくよく気をつける必要がある。
過去の悲惨な出来事は忘れてはいけないのだ。特に国の政治に携わる人間は、過去を忘れることは許されないと思う。

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コメント 4

solea01

麻生はなし崩しに憲法がかえられた方がいいという思いで、ナチスの例を出したのでしょうが、ナチスは全権委任法で憲法を無力化しただけで、憲法は変えていない。でも日本で様々な違憲状態がまかり通っているのはナチス以上の巧妙さというべきかも。何にせよ、ドイツで同じ発言やったら、間違いなく政治生命なくなってますね。日本の保守も糞みたいな保守が多くなりすぎているな。
by solea01 (2013-08-05 22:06) 

tamara

ドイツで同じ発言したら普通の人でも大変なことになりますね。
日本の政治家のレベルがどんどん下がっていくようです。なんで政治家になっちゃったんだろう?という人が多すぎます。そういう人達が憲法に手をつけようとするからよけい腹が立ちます。
by tamara (2013-08-05 23:21) 

ayu15

ちょうどうちも書いたところです。


ものは考えようで、「このままでは現政権はナチスみたいになるから、空気に飲まれず気をつけなさいよ」という風にも(匿名にして好き嫌いのけ文面だけで)・・・半分冗談

まあまじめに考えると、ただの失言と言うことで・・。
うちは失言していないとか失言でもあまり批判されない○民党や仮称王政復古党の方々の方が不安です。
失言でボロ出す人より、サイレントキラーでうまくかわしていく「空気」にのった人たちが怖いです。
by ayu15 (2013-08-06 15:49) 

tamara

回りに、ナチスに見習え、というようなことを言う人がいたら、多分、誰も相手にしないでしょうね。狂ったようなことを言う人はどこにでもいるものです。私はそんな人とは口もききませんね。
問題にするのは、国民の代表という立場だからです。

by tamara (2013-08-06 23:21) 

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