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「体罰」について [教育]

体罰はなくせるのだろうか?
体罰にからんだ事件が起こる度に「絶対に体罰は許されない」と新聞やテレビで大きく取り上げられる。
しかし、果たして、「体罰は許されない」ということが、世間の常識にどれだけなっているのかどうか?

許されないことをやってしまう、というのは人間社会には多々見られるが、「体罰」に関しては、実際は、「覚醒剤はダメ」というような一般常識にすらまだなっていないような気がする。
体罰を受けたことが自分のためになった、など考える大人が多いし、我が子を学校に預けるにあたって「先生、うちの子が悪いことをしたときはビシビシ叱ってください。殴ってもかまいません。うちはそういうことは学校におまかせしますので。」などとわざわざ言う親が相変わらずいるのである。

そう思っている親がいることにあぐらをかいて、日本の体罰教師は、法に反していることを百も承知で、体罰は子供のためだ、と正当化して、同じ行為を繰り返すのである。
「いじめ」と似ている。いじめられる要因を作った者が悪い・・だからいじめられるのは仕方ない、という正当化と同じ。

「体罰」という言葉がまずまちがいのもとになりやすい。「罰」という言葉が入っているために「悪い行為に対する当然受けなければならないむくい」という意味が強くなり、悪いことをしたのだから仕方ない、という見方が出てきてしまう。

「暴力」という言葉に置き換えてみたらどうだろう。

生徒に暴力をふるった、という事実を、学校関係者なら、必ず、生徒に体罰をふるった、という表現に言い換えようとする。
それは、暴力をふるったと言うと、あからさまに「悪」だとわかってしまうが、体罰と言えば、いくらか弁明の余地があるように聞こえるからだ。

教師による暴力は、早い段階で、同僚の教師がわかっている場合が多い。被害を受けた生徒が訴えてくるし、他の生徒が教えてくれることも多い。
生徒からの訴えがないような学校は、教員がまったく生徒に信用されていない、たちの悪い学校である。

そして生徒の訴えがあったときに、同僚の暴力をきちんと糾弾し、阻止し、悪習をなくそうと真剣に努力する教員はどのくらいいるだろう?
これについては、はなはだこころもとない気がする。

どんな職場でも仲間同士の失敗を追求するのは難しいことだと思う。
上に立つ者がしっかりと正しい方向へ導いてくれるなら一番話は簡単なのだが、上に立つものが、間違った方向へ向いていたら、悲惨である。

学校教育で上に立つ教育委員会や学校の管理職は、世間体を第一と考えがちで、一番大切な「生徒のため」という基本的な視点はどこかにいってしまっていることが多い。
だから「いじめ」の発覚も遅れ(発覚したくないのだ・・)、「教師による暴力」もなくならない。生徒間の暴力(いじめ)がなくならないはずだ。

そして、たとえ、良心的な教員が「教師による生徒への暴力」を問題にしようと勇気を奮い起こしても、そこには「体罰教師」を擁護する保護者集団が必ず壁となって立ちふさがり、じゃまをする。
「体罰教師」というのは、ごろつきでもなんでもなく、平常はもっともらしい訓辞を生徒に垂れ、冗談も得意で、生徒からの信望も一応あるのだ。
熱心で生徒思いでがんばってくれる先生、などと逆に評価されたりする。

だから教師の「暴力」の標的にされた生徒は、非常に孤独なのである。
孤独の中で、誰にも苦しさを伝えられない状況で、悲劇は起きてしまう・・。

「悪いことをしたときはビシビシ叱ってください!」と、言うような大人が、悲劇を生んでいるのだと思う。教員もまた、仕事をしていく中で成長していく人間なのであり、回りの雰囲気や、保護者の意見やらで、自分の指導法を作っていくからである。

正しいことがすんなり伝わらない社会というのは本当に住みづらい!
「原発のない社会にしよう」というしごくまともな意見も、「景気のためには目をつぶるしかない」などという無茶な考えに阻まれてしまうのだから。

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コメント 6

shira

 ただ体罰を根絶する「だけ」なら簡単なんですよ。体罰に訴えたくなるような状況をすべて回避してしまえばいいのですから。でもそうすると生徒に対して強い姿勢で臨むこともやれなくなりますから、たぶん学校は壊れます。
 今回はスポーツチーム内の問題であって、学校教育全般の問題じゃないと私は思います。現場の人間の印象として、体罰に訴える教員はずいぶんと減ってます。
 スポーツ界(学校の体育会含む)には今もってかなりひどい体罰があるようで、特に女子に対しては完全にセクハラのようなものがまだまだ横行しているようです。ただ、大会で結果を出すと、そういう違法行為は黙認されてしまうということです。
 私は今回の件について、部活に勝利至上主義を煽ったマスメディアと、かつて体罰肯定論をブチ上げた橋本市長が、まるで他人事のように当事者を非難しているのが一番気に入りません。くだんの高校が今回の悲劇を起こさず全国優勝でもしたら、橋下は自分の手柄として絶賛したことでしょう。
by shira (2013-01-11 23:50) 

tamara

体罰が多いのは、学校の中でもスポーツ部ですね。
shiraさんが言われるとおり、勝利至上主義が「勝つためなら体罰もあり」といった風潮を容認して、少々のことは目をつぶるわけです。無理な運動をさせ心肺停止というような事故(?)も、報道されるよりはずっと多いと私は思っています。(先生ががんばってくれているのだから、と被害者も泣き寝入りです。)
日本のスポーツ界(特に学校の中)は、世界的に見てもかなり特殊な気がします。
それまで体罰肯定していた人間が、体罰根絶を目指す、と堂々と主張するのには腹が立ちますが、二枚舌、三枚舌はあの人の本性ですからおどろきませんね。
それから、生徒に強い姿勢でのぞまないと学校が壊れるとは、私は思いません。きちんと善悪を教えるに体罰に頼る必要はないし、むしろ体罰はその逆の効果しかないと思っています・・
by tamara (2013-01-12 10:50) 

mai

情報遮断中の私は、体罰が話題になっていることもブログやツイッターで知ったような状況ですが・・。さて、子どもの学校「きのくに」ではどうかなあ?と考えてみると、体罰が必要となるような状況というのが、そもそも思い浮かびません。子どもは大人(先生たち)のことを名前やあだ名で呼び、権威もへったくれもありませんが(権威を持たないというのは学校側の方針です)、それだけに子どもは「こうしてほしい」ということがあったら、しっかりと言っているようです。娘は「基礎学習が簡単すぎるので、もっと難しいことをしたい」と言ったとか・・・(下の学年も一緒なので、たぶん基礎的なことをしていたのだと思います)。小さな問題が起こればミーティングに提出するし、ミーティングでみんなが決めたことは子どもたちは融通が利かないくらい守ります。きのくにに慣れた私から見れば、特別なことをしているわけではないと思いますが・・・。
by mai (2013-01-12 10:54) 

tamara

maiさん、「きのくに」のような教育は、普通の公立学校でもできるはずだと思います。教育をどういうものとしてとらえるか、という大前提が問題なのだと思います。(生徒数やカリキュラムなどは、その先の問題ですね)
人々が属している社会がめざす方向と、教育の方向は一致していくので、学校が壊れているとしたら、それは社会が壊れているためでしょう。
教育は、政治の影響を受けないわけにいかない、というのが悲しい現実ですね。
by tamara (2013-01-12 11:44) 

shira

 すみません、「強い姿勢」というのが暴力的な印象でしたかね。別に強い=physicalということではありません。強い姿勢というのは、単純にダメなものはダメと教えるということです。
 と書くとどうってことないのですけど、思春期の子どもたちは不安定ですから、「きちんと善悪を教える」前にまず落ち着かせる必要があるという状況は頻繁に起きます。そういう時はキレイゴトを言っている場合じゃないんですよ。体罰までいかないにしても「ヤバいぞ、先生たちキレかかってるぞ」と思わせるような姿勢を示す必要もあるんです。で、そういう時に「おっかない」先生がいてくれてありがたいということは実際にあるんです。
 なお、スポーツチームを強くするための締め上げというのは、私にとっては管轄外です。
by shira (2013-01-12 23:46) 

tamara

shiraさん、思春期の大勢の子供を相手にしていれば、きれいごとでは通用しない場合も多いでしょうね。
でも、shiraさんが言われるように、真剣に叱る=体罰ではないことを、大人達がもっと知っている必要があると思います。
決して体罰はふるわないのに、とても怖い女の先生がいましたが、何が怖いと言って、それはその先生が言うことが誰にも納得できる正しさを持っていたからだったと思います。
「暴力」を徹底して否定することは(相手が誰であろうと)、逆にむしろ「厳しさ」になります。相手が年端のいかない子供でもそのことは理解し、子供同士の関係の中でも大きなブレーキになるのではないでしょうか。

スポーツの世界は・・??疑問だらけです。私のスポーツ嫌いはその辺にあるようです。

by tamara (2013-01-13 15:15) 

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